1月, 2016

アクエリアスをホットにして

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寒さのせいか風邪にやられて、喉が痛み鼻水が垂れ、悪寒があり酷く体がだるい日を数日過ごしていた。熱を計ると平熱をキープしていた。体のダルさを考えると38度くらいあっても不思議じゃなかった。

そのうち治ると思っていたけど今朝も症状は良くならないから、面倒だと思いながら午前中に病院に行き処方薬をもらってきた。相変わらず病院も薬局も待ち時間が多く、これだけで午前中一杯が潰れてしまった。待ち時間はただダルくて本を読む気も音楽を聴くもおきなかったから、ただ無駄に時間を過ごしたように感じてしまう。

帰りに水分補給用に2Lのアクエリアスを買ってきた。
寒いからアクエリアスをレンジで温めて飲んだら思ったよりも美味しくて、ちょっと幸せ。

今日は天気が悪かったけど、明日は晴れそうだ。

マックシェイクにストロー

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一昨日、接骨院に行ったら1時間くらい待つということだったので、接骨院のそばにあるマクドナルドに入って時間をつぶす事にした。

マックに入ったのも久しぶりで、しかも数年ぶりだと思うけど、マックシェイクのチョコ味を頼んでしまった。久々に飲んだマックシェイクは、冷たさと甘さとドロドロ感がとてもいい感じで、めちゃくちゃ美味しかった。

そして今日、マックシェイクを飲みたくてあえてマックへ行ってしまった。でも立て続けに飲んだらなんだか一昨日飲んだ感じと随分と違くて、なんだか甘くてしかたがなかった。これならしばらく飲まなくても良いかもと思ってしまった。僕にはたまに飲むくらいで良いのだろうな。

それにしても、最近ではマックシェイクを頼むと、ストローをさしてくれるんですね。他の飲み物でもそうなんでしょうか?正直一瞬引きました。でも可愛い娘にしてもらえるとちょっと嬉しいかも。

「なのだ」の使いどこ

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自分の気持ちや状況を強く断定する「〜なのだ」は、使いににくい、というかどうもしっくりこなかった。

このブログも気がつけば8年近く続けている。更新頻度は多くはないけど、自分なりによく続けていると思う。過去の記事を読み返すと、すっかり忘れている出来事もあったりして、ちょっと得した気分になって楽しい。

でも自分の文章が定まっていないのが気になる。特に最近は、意識的ではないけど、淡々と出来事を綴っていることが多い。改めて見返すと、テンポ良く読めない。記事によっては、小学生の夏休みの絵日記みたいなものもあったりして、もう少し文章を書くのが上手くなりたいと思っていた。

それで誰かのブログやエッセイなどを読む時に、少しだけ、書き方を意識して読むようにしていた。それで気がついたことの一つは、自分の意見や出来事を強めに断定するときに「〜なのだ」という表現を僕はあまりしないということ。

普段から誰かに何か伝える時に、なるべく柔らかい表現にしたいと思っているので、その影響はあると思う。それと「〜なのだ」ってカッコイイようで、そうでないようにも感じていた。バシッと決められたても、流れが止まり、ちょっと上から目線の演説みたいで偉そうに感じていた。なんだかガンダムに出てくるギレン・ザビのよう。それと、どうしてもバカボンのパパが「〜なのだ」と言っている姿を連想してしまう。子供の頃観たアニメの影響が強い・・・。子供が観るものって大切ですね。

先日、ある方のエッセイを読んでいて「〜なのだ」が出てきた。それが流暢で、テンポ良く、バカボンパパを連想しないほどカッコイイ。僕もこの方みたいにかっこ良く「〜なのだ」を使えるぐらい文章を書くのが上手になりたい。

でも改めて考えると、バカボンパパの「〜なのだ」は偉そうじゃないからいいですね。

新年明けましておめでとうございます。

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今年もよろしくお願いします。
皆さんにとって心から喜べる年になりますようにお祈りします。

年末年始は白浜でのんびり過ごすことができた。
年越しそばも食べずにいたので、
なんだか新年を迎えた感が薄かった。

白浜にいる間は毎朝のように夜明け前から写真を撮りに海辺に散歩に出かけていた。
散歩を終え部屋に戻りのんびり朝食をとると、映画を観たり、読書したり、昼寝をしたり、
日が傾き始めると、またカメラを持ってのんびり散歩に出かける、というなんとものんびりと贅沢な時間を過ごした。

随分冷え、海辺の風邪は強く、日の出を待つ時間が長く感じたある日の夜明け、
空には厚い雲がかかり、日の出は見えそうにないように思われた。
日の出時間から少し過ぎてから雲の端から光が滲み太陽がうっすら覗きはじめ、太陽がしっかり雲間から見えたとたん、光が溢れて周りがあっという間に明るくなった。
それからほんの少し後に、ふわっと暖かい空気が流れてきて太陽からの熱を感じ、
身体全身で日の出の感動を味わった。
久しぶりに太陽の熱を感じる体験が出来て嬉しかった。
普段、日中は暖かく太陽の熱があるのは当然すぎてあまり考えないが、
この体験をすると太陽の熱を受けていることが特別なことだと思わされる。

神の愛も同じかもしれないと思った。
自分が感じない時でも必ず神の愛が注がれている。
今年も神に愛されている事を忘れずに過ごしたい。

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